めぐり逢わせのお弁当

カンヌで賞を取ったというのがよくわかる。一言で言うなら、大人の恋物語、だろうか。

インド特有のお弁当配送ビジネスからインスピレーションを得て作られた作品なのだろう。有り得ないお弁当の誤配から、静かに、ストーリーが始まる。
もうね、この映画、名作だと思う。(あ、ネタバレです)
妻に先立たれた定年間際のサージャンと、夫の愛情を繋ぎ留められずに悩んでいるイラ。淋しい二人が恋に落ちるのは必然的で、何かと恋愛に制約が多いインド社会でも成立するのかなというお膳立て。
二人がお弁当を介してやりとりする手紙は、詩のよう。

誰の人生においても病気とか死とか老いること、深刻な部分は免れないけど、それでもユーモアは見つけることができるし、夢を見ることもできる。彼らはお互い顔も知らないけれど、言葉で人生に光を照らす。

イラはサージャンと同名の歌手が歌う曲を聞き、サージャンはイラが語る幸福の国・ブータンのラジオ番組から流れる甘い歌謡曲を聞き、恋の喜びに浸る。

でもそんな日々も長くは続かず、ちょっとしたアクシデントが、掛け違えたボタンのように、二人を引き離してしまう。


二人には作品中に出てくる幸福の国ブータンで幸せになってほしかった。

でも、夢のようなこの物語にハッピーエンドはむしろ野暮かもしれない。

ラストのイラの表情、お弁当配達人たちの歌声、電車の窓から外を眺めるサージャン。

一人になったイラは全てを捨てて、ブータンに行くために、現実に行動する。けれども、おそらく彼女は留まるだろう。そんな余韻を残し、歌声は続く。


ところで!

このサージャン役のイルファーン・カーンって、知らなかったけど国内外で活躍している役者さんみたいで『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『スラムドッグ$ミリオネア』『サラーム・ボンベイ!』等、有名な作品にも出演していた。本作では定年間際の初老の男性を演じているけど、見ていて(そんなに老けてないのに!)と思ったけれど、近年の他作品ではやはりもっと若々しい。

イラのお母さん役。どこかで見たようなと思ったら、『マリーゴールドホテル』シリーズで、オーナーのソニーの母親を演じていた女優さんだった。2でリチャード・ギアと恋に落ちる、かっこいいマダムね。反対する息子に対し、「(痛手を受けることになっても)自分で対処するわ」と言ってのけるところに大人の風格を感じた。本作では病気の夫を抱えて苦労する役で、こちらはすごく老けこんでしまっていた。

それと、隠れた名優?!声だけ出演している、上階に住む「おばさん」。この人は、何かとイラの生活に(この恋にも)関わっているのだけど、大声でやりとりする会話の端々に彼女の豪快な人となりが現れていて、大変傑作な人物。寝たきりの夫のために、天井で回り続ける扇風機を止めずに(!)掃除したという武勇伝が面白かった。

この映画では、敢えて時代を設定していないのかなと思ったけれど、大きなオフィスにも家にもパソコンがないことに違和感を覚えたし、サージャンもイラも携帯を持っていないようだ。(イラの夫は持っている)だけど、作品中でも最近は手紙を全く書かなくなった、皆メールですませてしまう、というセリフがあるので、おそらく2000年前後のあたりかなぁとも思う。あれ、でもブータンの国民幸福度っていつから話題になったっけ。


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